英語力ゼロからでもできる語順訳と音読! その2

ここであらためて私たちの学習法について整理してみます。

物語をテキストに選んでいること。語順に沿って訳すこと。音読を徹底すること、などが特徴となっています。

テキストになっている物語にはランペルスティルツキン・赤ずきん・ヘンゼルとグレーテル・シンデレラ・ピノキオ・ジャックと豆のつる、など有名な童話が中心です。童話だからといって幼稚なわけではありません。大人でも十分楽しめる文章でできています。音源があり、またテキストには語の意味や読み方が書いてあります。だから、英語の学力の条件がなく、誰でも参加できる方法であること。しかも、私たちのところに通ってきている小学4年生が実践していて、効果があるとわかっている方法であることが何よりの証拠です。

Q:なぜ小・中学校の教科書のように会話中心ではなく「物語」なのでしょうか?

A:物語はどんなに空想的に描かれていても、現実生活での実感を伴うからこそ、読んでいて楽しめるからです。場面転換があなたを未知の世界へと導きます。英語と物語という二つの未知があるからこそ、先へ進んでみようという気になります。

Q:語順に沿って訳すことにどんな意味があるのですか?

A:ルールに沿って訳すと言っても、英文が長くなると日本語が混乱してきます。でもその混乱がおさまるとき、英日の違いを体感できるのです。理屈として違いを学ぶことも必要ですが、体感することはもっと大事だと言えるでしょう。その体感があるから、知識を納得することができるのですから。そして私たちが日本語を理解するとき、文の流れに沿いながらその都度意味を理解していますが、英語でもその方が自然であり、かつ何より早く英文が読めるようになるからです。

Q:音読はどの程度上手になればいいのですか?

A:単語の読み、フレーズ単位での読み、文単位の読み。それから文の意味がわかり、イメージが伴っての音読。時にはシャドーイングなど、音読にも様々な段階がありますが、音源を真似てスラスラ言えることが第一の目標。次が「意味を踏まえて」それができること。ここまでくれば、自分が「話し手」になったつもりで読めるようになるでしょう。最後の段階、自分が物語の「話し手」になり他人に語りかけられるようになるのが理想だと言えます。なぜ長々と物語の英文を訳すことについて書いてきたかと言いますと、英語ができないから、簡単な基礎から学ぶということの「嘘」について述べたいからというのが理由の一つです。書店に、「中学教科書でもこれだけの英語力がつく」といった風の本を見かけますが、ここには、中学教科書=簡単・やさしいという考えがあり、簡単・やさしい教科書でもこれだけの・・・となるわけです。しかし、中学教科書は本当に「簡単・やさしい」でしょうか?教科書は確かに短い文で始まり、時制も現在形から、そして動詞もbe動詞または一般動詞のどちらかから導入ということが多いのですが、そこが「曲者」だと思われます。学校生活の中に外国人がやってきて、先生の代わりをしたり、同じ生徒として振る舞ったりする中での言葉のやりとりですから、取り上げられるのは身近な学校生活の一場面です。したがって、使われる英語も場面に即していますが、文法的には条件をつけた中での文章になっていますので、残念ながらそれほど興味をそそる内容になってはいません。未知の事柄が少ない分、わかった気にはなりますが、心に残るものではありません。

英語学習は算数、数学の学習と違い、言葉の学習ですから、一つ一つの言葉に生き生きとした感情を抱けるようにして学びたいものです。言葉を学ぶということは、英会話文のパターン練習だけでは実り多いとは言えないでしょう。何かがわかるということは、単に頭で考え記憶に残すことではありません。いわゆる納得する、腑に落ちるというように、何か心に響くものがあってこそ言えることではないでしょうか。いってみれば英語と格闘し、心をかき乱され、時にはイライラし、しかし最後は「わかった」と叫ぶ感じが伴った方が良いように思われるのです。簡単・やさしい英文では、想像力を必要としません。その分「わかった」気になりやすいけれど、また忘れてしまいがちではないでしょうか。そして文法的条件付きでの文章では、場面設定に限りがあり、文章が不自然になりがちです。会話のやりとりだって、中学生以上ならもっと複雑なことを話したいだろうし、ネイティブとして登場する人たちも、もっと細やかな話をしたいだろうと想像されます。

私たちの方法を支える教材は、物語作品です。7−10分ほどの長文です。文法的には特別な条件はついていません。小中学生の読み物として自然な文章でできています。過去形も関係代名詞も出てきます。

物語作品には人の想像を掻き立てる力があります。また物語は最後まで未知の世界が待っていて、いつも先を追いかけたくなる魅力があります。その分険しい山を登るような粘り強さ、忍耐力が必要となりますが、登頂した時、つまり一つの作品を訳し終えた時は、とても充実した気持ちに包まれます。それだけに、個々の学びは印象強く残ります。

さて、次は音読です。

正しく読めれば、それでおしまいと思いがちなのが音読ですが、スラスラと読めることはとても大事なことです。学び始めると先生の説明内容や文法的な事柄が大切に思われがちですが、一番大切なのは「音読」です。それが学力のベースになります。それ無くして学力はつかないと言っても過言ではありません。カタカナ読みや間違った読みはもちろんダメですが、スラスラ読めてもただの真似で終わっては、土台はできません。場面を想像し気持ちを込めて読みましょう。先述しましたが、できれば自分が話し手になったつもりで読むところまで目指しましょう。そして努力し、日々練習すればどなたでも必ず良い音読ができるようになります。音読の成果は後戻りしないんですよ。やり続けている限り間違いなく伸びます。


Q: なぜ音読と語順通りの訳が効果を生み出すのですか?

A: 音読は文字通り文章をそのまま追いかけます。語順通りの訳も、語順に沿って先へと進んでいきます。二本のヒモがより合わさったように進行し続けると、英語の文の姿が見えてきます。主語→述語動詞→目的語といったような英文の進行が記憶に残るようになります。また訳が終わった後は、意味を踏まえての音読ができるようになるでしょう。そうなると、主語や述語動詞、目的語などの言葉の使われ方がわかるようになる、さらには文法的説明も理解しやすくなります。物語という長文作品の音読と訳を行うことで、知識が本物になっていくのであり、まず知識を理解し記憶しなければ学力がつかない、というわけではありません。

物語にはストーリーがあり、その中にいくつもの場面があります。各場面に合わせて個々の文章が創作されています。ある文を訳し音読していても、その文は前後の文とつながり、独立しているわけではありません。ひとつながりなのです。

物語という未知を秘めた作品全体と向き合いながら、個々の英文を訳し、音読し続けることは、一つ一つの言葉に現実感を覚えることにつながります。それはいってみれば英語を母語として話す人々の中に入って共に生活しているかのような体験と言えるでしょう。

会話例文や文法自体が大切なのではなく、英語との直接的な体験があって初めて意味を持ちます。私たち日本語話者は日本語文法について詳細を知らなくても読み書きできます。逆に日々日本語を使っているから、日本語文法の話を聞いた時、「なるほど」とうなずくことが多いのです。そのような体験を物語はさせてくれます。いわば擬似体験と言えるでしょう。擬似体験あっての知識、と思って始めてみませんか?