声に出して読みたい
私たちは試験問題や最近の傾向を気にして、新しい英文、話題に関心を持ちがちだけれど、いつの時代の英語も、それまでの歴史を含みながらその時まで続いてきた言葉である。新しい文体や現在の会話文も例外ではなく、その中に今に至るまでの言葉の歴史を蓄積した上に成り立っていると言えよう。どのような英文も「英語」であるかぎり、それらを音読(朗誦)すれば、英語の骨格にあたるものに触れることができると言えるだろう。英語力というのは文法の知識量でも、会話力でもなく、ここで言われているところの「人の生きた身体を通して語られる言葉が、もう一人の身体へと伝えられていくプロセス」を経て手にしたものだと言えないだろうか。
日本の古典を朗誦し、日本語という言葉の歴史をかいくぐることで「心の力につながって」いくとすれば、その力は英語を朗誦することへの関心にもつながっていくかもしれない。明治以降、言文一致運動や教育改革を経、また翻訳文化の影響のもとに変化してきた言葉遣いを私たちは強いられてきたと言える。現在では、古典の言葉は英語に比することができるくらい遠い言葉である。
日本語の古典の朗誦を徹底して行えば、言葉には本来、音として伝わってくるものがたしかにある、ということに気づくに違いない。文法規範を通してではなく、身体を通して何かを理解し引き継いでいくことが言葉の原点である、そう言えなくもないのだから。「身体と身体とのあいだの文化の伝承」という考えは、さまざまな示唆に富んだ表現であると思う。学習という意識での音読ではなく、英語の音自体を楽しむということもまた大切ではなかろうか。
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