リズム・意味・イメージ
先日、音読の話の流れで、ワーズワースの「水仙(Daffodils)」の詩のことを思い出しました。その詩はたしか高校の2年のリーダーに掲載されていたのだと思います。ワーズワースといえばこれでしょ、なんてことはその頃は知りもせず、ただリズムや音韻の心地よさを感じたのを思い出します。
意味だけで語を選ぶのではなく、思いに沿ったリズムを生み出す語の選択があり、語順の転倒があり、脚韻を踏み、それぞれの言葉の意味を超えたイメージの世界が広がります。このリズムや韻は水仙の匂いを運ぶ草原の風のような働きをしているように感じられます。どこまでもつづく水仙の大群、その風景の遠近感、広がりなどが生まれます。リズムのうねりが生み出すエネルギーのようなものがあり、あたかもその風景の中にいるかのような感覚が生まれます。言葉は草花の双葉のように「意味」の世界に顔を出し、葉や茎を伸ばし、やがてイメージの花を咲かせます。
多くの人は湖水地方の美しさに感動する。そして「あー美しい」という思いを抱いて通り過ぎてゆくでしょう。詩人はそこで立ち止まり、その思いを言葉に託します。詩作品となった言葉は残り、読むものは繰り返しその時の感動を呼び覚ますことができるようになります。
詩人というのは孤独な存在だと思われます。だからこそ、だれか未知の読者に語りかけたくなるのかもしれません。